組曲『或る茶の間の風景』より ―蜥蜴正月―
2008年 10月 17日
兄弟!
「一寸、一寸」
寝ぼけ眼を擦りながら茶を啜っていると、愚母が台所の硝子戸の前で騒いでいる。朝っぱらから一体何事だい、と眉間に皺を作りつつ歩み寄った。
「ほら、去年より大きくなって帰って来たわよ」
愚母が指差す先を見ると、人差し指位の蜥蜴が硝子越しに腹を見せている。
「あ、本当だ。でも何でこいつは決まった時期にお定まりの場所へ出て来るのかね」
「屹度、今時分が蜥蜴のお正月なんだわ……だから新年のご挨拶に来てくれたのよ。偉いわ
ねぇ」
「それはそれはご叮嚀様に。今年も宜しくお願い致します」
奇特な御仁柄云う可きか、将亦阿房の天性故か。此の親にして此の子有り、朱に交われば矢張り赤く成るらしい。
「蜥蜴の指って五本なのね。あたしはもっと少ないかと思ってた」
「指先が丸くなってるのが可愛いね。然し彼奴め、微動だにしないな」
「寝正月なのよ……」
この先、年々歳々、段々と大きくなって硝子戸にくっつけなくなったらどうしよう、そうだ、その時は財布にでも仕立てようか、と云うと
「お財布ばっかり立派でも、中身が入ってないんじゃねぇ」
「その内、金持ちになるからいい」
「そんな事云うと、蜥蜴に笑われるから」
ええい、爬虫類の分際で人間様を愚弄するか。何なら黒焼にしちゃうぞ、と菜箸で硝子戸をこつこつ遣って脅していると
「馬鹿だなお前達は。そいつは腹壊して養生してるんだ」
茶の間から、読んでいる新聞越に父親が屋上屋を重ね出す。
「ははは、トカゲの腹下しなんて聞いたことないよ」
「俺も、蜥蜴が正月を祝ったり、笑ったりするなんて聞いた事がねえ」
埼玉県は足立区の植民地なる寒村で軒を連ねる、或る洗濯屋さんの取るに足らぬ朝の戯れで御座いました。
お継ぎが宜しい様で。
「一寸、一寸」
寝ぼけ眼を擦りながら茶を啜っていると、愚母が台所の硝子戸の前で騒いでいる。朝っぱらから一体何事だい、と眉間に皺を作りつつ歩み寄った。
「ほら、去年より大きくなって帰って来たわよ」
愚母が指差す先を見ると、人差し指位の蜥蜴が硝子越しに腹を見せている。
「あ、本当だ。でも何でこいつは決まった時期にお定まりの場所へ出て来るのかね」
「屹度、今時分が蜥蜴のお正月なんだわ……だから新年のご挨拶に来てくれたのよ。偉いわ
ねぇ」
「それはそれはご叮嚀様に。今年も宜しくお願い致します」
奇特な御仁柄云う可きか、将亦阿房の天性故か。此の親にして此の子有り、朱に交われば矢張り赤く成るらしい。
「蜥蜴の指って五本なのね。あたしはもっと少ないかと思ってた」
「指先が丸くなってるのが可愛いね。然し彼奴め、微動だにしないな」
「寝正月なのよ……」
この先、年々歳々、段々と大きくなって硝子戸にくっつけなくなったらどうしよう、そうだ、その時は財布にでも仕立てようか、と云うと
「お財布ばっかり立派でも、中身が入ってないんじゃねぇ」
「その内、金持ちになるからいい」
「そんな事云うと、蜥蜴に笑われるから」
ええい、爬虫類の分際で人間様を愚弄するか。何なら黒焼にしちゃうぞ、と菜箸で硝子戸をこつこつ遣って脅していると
「馬鹿だなお前達は。そいつは腹壊して養生してるんだ」
茶の間から、読んでいる新聞越に父親が屋上屋を重ね出す。
「ははは、トカゲの腹下しなんて聞いたことないよ」
「俺も、蜥蜴が正月を祝ったり、笑ったりするなんて聞いた事がねえ」
埼玉県は足立区の植民地なる寒村で軒を連ねる、或る洗濯屋さんの取るに足らぬ朝の戯れで御座いました。
お継ぎが宜しい様で。
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by yufuin-brothers | 2008-10-17 23:20 | アンバサダー随感録