狂泉の水
2008年 06月 19日
兄弟!
私は仕事柄もあって、一日の内に方々へ移動しなければならない事がある。その主だった交通手段は電車なので、余もすると半日近く車中で過ごすことも椿しくはない。然し、その時間が私に取って迚も貴重な時間で、本を読んだり、思想に耽ったり、携帯に届いたメールを返しながら居眠りしたりと中々忙しい。どちらにしても静寂が必要で、そうでないと気が散って事が進捗しないのである。
電車の中ではお行儀よくしなさい、と小さい頃はだれでも親に云われた筈なのだが……どうも最近の昔子供だった大人はそれを忘れて仕舞っているらしい。それが証拠に携帯電話の着信音がなると尽かさず
「あ、もしもし。うん、今電車の中……今なら大丈夫。それでさぁ……」
全く大丈夫では無いのに大丈夫と云える位、健忘症が進んでいる。それを自覚させようと
「もしもし、皆さん遠慮されているのですからお止めなさいよ」
と云おうものなら
「あんたに、んな事云われたくねーし」
先日なぞ、指にマニュキュアを塗りつつ、肩と耳で携帯電話を挟み乍
「つかさぁ、まじうざくねぇ」
アンバサダーの堪忍袋も最早此迄。
「ちょっとあなた。いい加減にしなさいよ。臭いし五月蠅いし」
そう一喝しても未だ止めない。挙げ句に果てには
「なんかぁ臭いとか五月蠅いとか云わちゃったし。うざいよね」
中国の劉宗(420~)に使えた政治家であり軍人の袁粲(えんさん)が『南史袁粲列伝』の中で面白い事を云っている。以降は漢学の大斗、多久弘一先生の著書『漢文楽話』(1999年5月24日発行・ちくま文庫。pp97)からその名訳を引用しよう。
『昔、ある国に「狂泉」という泉があって、その水を飲むとだれもが狂人になった。この国には「狂泉」一つしか泉がないから、人民は皆狂人となった。しかし、国王だけが井戸を掘って飲み、無事であった。人民は国王が狂わないのをかえって狂人と思い、そこでおもだった者が集まり、国王が狂人であわれだから何とかして病を治してあげたいということになり国王をとらえ、灸・鍼・薬草と荒療治をやりだした。鍼をうつ者、艾をのせて火をつける者、むりに苦い苦い薬を飲ませる者、国王は苦しみに堪えられず、もうこうなったら狂人になったほうがましだと、「狂泉」に行って、思い切り水を飲んだ。飲み終えるとすぐに気が狂った。人民は、万歳、万歳を連呼して、国王の病が全快したと歓喜した。これでその国は皆、狂人になったというものである。
この話の後、袁粲は「私も狂わなければ、正しい道に立っていけない。狂泉水でも飲もうか」と述懐している。』
最後の言葉は袁粲一流のパラドックスであることに嫌でも気が付くでしょう。私も狂泉の水をたっぷり飲んで狂人になれば、きっとあのマニュキュア・携帯娘と仲良くなれるのだろうね……。
私は仕事柄もあって、一日の内に方々へ移動しなければならない事がある。その主だった交通手段は電車なので、余もすると半日近く車中で過ごすことも椿しくはない。然し、その時間が私に取って迚も貴重な時間で、本を読んだり、思想に耽ったり、携帯に届いたメールを返しながら居眠りしたりと中々忙しい。どちらにしても静寂が必要で、そうでないと気が散って事が進捗しないのである。
電車の中ではお行儀よくしなさい、と小さい頃はだれでも親に云われた筈なのだが……どうも最近の昔子供だった大人はそれを忘れて仕舞っているらしい。それが証拠に携帯電話の着信音がなると尽かさず
「あ、もしもし。うん、今電車の中……今なら大丈夫。それでさぁ……」
全く大丈夫では無いのに大丈夫と云える位、健忘症が進んでいる。それを自覚させようと
「もしもし、皆さん遠慮されているのですからお止めなさいよ」
と云おうものなら
「あんたに、んな事云われたくねーし」
先日なぞ、指にマニュキュアを塗りつつ、肩と耳で携帯電話を挟み乍
「つかさぁ、まじうざくねぇ」
アンバサダーの堪忍袋も最早此迄。
「ちょっとあなた。いい加減にしなさいよ。臭いし五月蠅いし」
そう一喝しても未だ止めない。挙げ句に果てには
「なんかぁ臭いとか五月蠅いとか云わちゃったし。うざいよね」
中国の劉宗(420~)に使えた政治家であり軍人の袁粲(えんさん)が『南史袁粲列伝』の中で面白い事を云っている。以降は漢学の大斗、多久弘一先生の著書『漢文楽話』(1999年5月24日発行・ちくま文庫。pp97)からその名訳を引用しよう。
『昔、ある国に「狂泉」という泉があって、その水を飲むとだれもが狂人になった。この国には「狂泉」一つしか泉がないから、人民は皆狂人となった。しかし、国王だけが井戸を掘って飲み、無事であった。人民は国王が狂わないのをかえって狂人と思い、そこでおもだった者が集まり、国王が狂人であわれだから何とかして病を治してあげたいということになり国王をとらえ、灸・鍼・薬草と荒療治をやりだした。鍼をうつ者、艾をのせて火をつける者、むりに苦い苦い薬を飲ませる者、国王は苦しみに堪えられず、もうこうなったら狂人になったほうがましだと、「狂泉」に行って、思い切り水を飲んだ。飲み終えるとすぐに気が狂った。人民は、万歳、万歳を連呼して、国王の病が全快したと歓喜した。これでその国は皆、狂人になったというものである。
この話の後、袁粲は「私も狂わなければ、正しい道に立っていけない。狂泉水でも飲もうか」と述懐している。』
最後の言葉は袁粲一流のパラドックスであることに嫌でも気が付くでしょう。私も狂泉の水をたっぷり飲んで狂人になれば、きっとあのマニュキュア・携帯娘と仲良くなれるのだろうね……。
by yufuin-brothers | 2008-06-19 01:49 | アンバサダー随感録