箸休め―椿説富士之異端児、或いは背広と浴衣―
2007年 09月 04日
兄弟!
おお、初秋の御山の勇姿、しかと共有しましたぞ、ツネ吉っあん!道夫先生が何時ぞや
仰ってました。
「こんな不細工な山はない、ってある映画監督が云ってましたっけ」
確かに、頭は二股だし(笑)。歯医者のM本先生が
「由布岳は、大分のツイン・ピークスって云われています」
なんて洒落で周囲を笑わせて居ました。
ある時、K太兄貴に
「然し、高そうな御山ですな。兄ぃは登ったことあるの」
と尋ねると
「ある訳ねーだろ。地元の人間は毎日見上げてるだけさ」
そうだろうな、と共感すしますよ。だって、関東の人間だって、相当の好事家じゃないと、富
士山には登らないものね。
そうそう、あたしも富士山に登る真似事をしたことがあるんです。
あれは夏の暑い盛り。アンバサダーの大学時代でした。一風呂浴びて浴衣になり、スーパ
ーで買った特売の鰻を相手に一杯遣っていると
「アンバサダーさん、出掛けますよ」
と、後輩某がいきなり下宿先に闖入して来たのでした。
「おいおい、何を言ってるんだ。あたしゃ見ての通りの格好だぜ。これから何処へ引っ張り出
そうって云うんだい」
「お手間は取らせません。そのままでいいですからご乗車下さい」
誘う方もそうだが、あ、そうかいと、財布と手拭、扇子携え、のこのこ着いて行く方も後生楽
ってもの(笑)。浴衣の紳氏が加わった車中には、何故か背広姿の先輩もいる。
「お勤めご苦労様です。で、この車の終点は何処なんでしょう」
「さぁ、俺も知らないんだよ」
微醺の勢いの中、車がずんずん走って行くには痛快である。然し、中央高速に乗った処で
おかしいな、と思い出した。
「おい。この車、何処まで行くのかね」
「ふふふ。処でアンバサダーさん、其処に壜があるでしょう。それお酒ですから」
「おお、願ったり叶ったり。こいつがあれば何処へいっても百人力だ」
「肴は途中のインターで適当にみつくろってください」
なんだ、ドライブかいな、とうきうきしていると、傍らに居る背広の先輩が
「お前、そろそろ何処だか解ってるのか」
「はぁ、八王子辺りでしょ」
「馬鹿野郎、河口湖だよ。偉い処に連れてこられたもんだ」
その先輩とは、みんなもご存知のカツオさんである。
その晩は大学の仲間が宿泊している河口湖畔のロッジで更に強かに酔い、知らず間に就
寝。明くる朝、我等をそそのかした後輩某が
「アンバサダーさん。行きますよ」
「ん、んん。こ、こんな早く何処へだね」
「霊山です。富士山に行きます」
好い加減にしろよ、俺達は浴衣と背広。とても御山へ登る支度じゃないよ、駄目だよ、と云っ
ても
「いいじゃないですか、素敵ですよ」
と、相手にしてくれない。
観念して、悪党なる後輩某の車に乗り込み、昨夜残ったお酒をちびちびやっていたら気持
ちが大きくなってきた。
「カツオさん、浴衣と背広で、富士山に行ってはいけないなんて誰も決めちゃいないでしょう」
「ま、そうだな」
「だったら、威風堂々、胸を張って霊山に暑中見舞いといこうじゃありませんか」
「よし。その馬鹿さ加減が気に入った。行こうじゃねえかぁ」
断って置くが、カツオさんは素面である。でもこういう進取な気概に、即座に共感できる才能
がある。そんな何処から湧いてきたか知れぬ気合の元、富士山の5合目も近くなって来た。
然し、夏休みの最中。ここでも行楽渋滞が起こる。
「カツオさん、折角の富士山です。車中で手持ち無沙汰にしているのも無粋じゃありません
か」
「おお、そうだな。高山植物観察と洒落込むか」
止まっているのか、動いているんだかいまいち判別が着かない車を後にして、我等、異色
の登山隊が富士の山中を闊歩する。その両人の出で立ちを見てやれば、アンバサダーは
紺染めの浴衣をけつからげにして、勿論、下駄履き。頭には手拭のすっとこ被りをし、カツオ
さんは樹肌色の上下、白ワイシャツに紺のネクタイをきっちり締め、片手には黒の通勤鞄、
足元は黒の革靴。そんな道行きを、渋滞中に押し込められた善良なる市民が注目しない訳
なはい。
「あ……………」
と、呆気にとられて二の句を継げないか、大笑いして指を指すか、確信的に無視するか、と
云うこの三点に評価が絞られて居た様だ。
「なんですね、奴等はあれしか反応が出来ないのでしょうかね」
「烏合の衆だ。我等の行動は、だからこそ気高いのだ」
そんなこんなで無事下山したものの、誇り高き勇者の足には血豆と靴擦れがそして、後悔
が残ったと云う馬鹿馬鹿しい一席。お時間で御座います、有り難う御座いました(笑)。
おお、初秋の御山の勇姿、しかと共有しましたぞ、ツネ吉っあん!道夫先生が何時ぞや
仰ってました。
「こんな不細工な山はない、ってある映画監督が云ってましたっけ」
確かに、頭は二股だし(笑)。歯医者のM本先生が
「由布岳は、大分のツイン・ピークスって云われています」
なんて洒落で周囲を笑わせて居ました。
ある時、K太兄貴に
「然し、高そうな御山ですな。兄ぃは登ったことあるの」
と尋ねると
「ある訳ねーだろ。地元の人間は毎日見上げてるだけさ」
そうだろうな、と共感すしますよ。だって、関東の人間だって、相当の好事家じゃないと、富
士山には登らないものね。
そうそう、あたしも富士山に登る真似事をしたことがあるんです。
あれは夏の暑い盛り。アンバサダーの大学時代でした。一風呂浴びて浴衣になり、スーパ
ーで買った特売の鰻を相手に一杯遣っていると
「アンバサダーさん、出掛けますよ」
と、後輩某がいきなり下宿先に闖入して来たのでした。
「おいおい、何を言ってるんだ。あたしゃ見ての通りの格好だぜ。これから何処へ引っ張り出
そうって云うんだい」
「お手間は取らせません。そのままでいいですからご乗車下さい」
誘う方もそうだが、あ、そうかいと、財布と手拭、扇子携え、のこのこ着いて行く方も後生楽
ってもの(笑)。浴衣の紳氏が加わった車中には、何故か背広姿の先輩もいる。
「お勤めご苦労様です。で、この車の終点は何処なんでしょう」
「さぁ、俺も知らないんだよ」
微醺の勢いの中、車がずんずん走って行くには痛快である。然し、中央高速に乗った処で
おかしいな、と思い出した。
「おい。この車、何処まで行くのかね」
「ふふふ。処でアンバサダーさん、其処に壜があるでしょう。それお酒ですから」
「おお、願ったり叶ったり。こいつがあれば何処へいっても百人力だ」
「肴は途中のインターで適当にみつくろってください」
なんだ、ドライブかいな、とうきうきしていると、傍らに居る背広の先輩が
「お前、そろそろ何処だか解ってるのか」
「はぁ、八王子辺りでしょ」
「馬鹿野郎、河口湖だよ。偉い処に連れてこられたもんだ」
その先輩とは、みんなもご存知のカツオさんである。
その晩は大学の仲間が宿泊している河口湖畔のロッジで更に強かに酔い、知らず間に就
寝。明くる朝、我等をそそのかした後輩某が
「アンバサダーさん。行きますよ」
「ん、んん。こ、こんな早く何処へだね」
「霊山です。富士山に行きます」
好い加減にしろよ、俺達は浴衣と背広。とても御山へ登る支度じゃないよ、駄目だよ、と云っ
ても
「いいじゃないですか、素敵ですよ」
と、相手にしてくれない。
観念して、悪党なる後輩某の車に乗り込み、昨夜残ったお酒をちびちびやっていたら気持
ちが大きくなってきた。
「カツオさん、浴衣と背広で、富士山に行ってはいけないなんて誰も決めちゃいないでしょう」
「ま、そうだな」
「だったら、威風堂々、胸を張って霊山に暑中見舞いといこうじゃありませんか」
「よし。その馬鹿さ加減が気に入った。行こうじゃねえかぁ」
断って置くが、カツオさんは素面である。でもこういう進取な気概に、即座に共感できる才能
がある。そんな何処から湧いてきたか知れぬ気合の元、富士山の5合目も近くなって来た。
然し、夏休みの最中。ここでも行楽渋滞が起こる。
「カツオさん、折角の富士山です。車中で手持ち無沙汰にしているのも無粋じゃありません
か」
「おお、そうだな。高山植物観察と洒落込むか」
止まっているのか、動いているんだかいまいち判別が着かない車を後にして、我等、異色
の登山隊が富士の山中を闊歩する。その両人の出で立ちを見てやれば、アンバサダーは
紺染めの浴衣をけつからげにして、勿論、下駄履き。頭には手拭のすっとこ被りをし、カツオ
さんは樹肌色の上下、白ワイシャツに紺のネクタイをきっちり締め、片手には黒の通勤鞄、
足元は黒の革靴。そんな道行きを、渋滞中に押し込められた善良なる市民が注目しない訳
なはい。
「あ……………」
と、呆気にとられて二の句を継げないか、大笑いして指を指すか、確信的に無視するか、と
云うこの三点に評価が絞られて居た様だ。
「なんですね、奴等はあれしか反応が出来ないのでしょうかね」
「烏合の衆だ。我等の行動は、だからこそ気高いのだ」
そんなこんなで無事下山したものの、誇り高き勇者の足には血豆と靴擦れがそして、後悔
が残ったと云う馬鹿馬鹿しい一席。お時間で御座います、有り難う御座いました(笑)。
by yufuin-brothers | 2007-09-04 00:06 | アンバサダー随感録