実歴・帝京大学交響楽団創立15周年記念演奏会(その壱)
2007年 05月 03日
兄弟!
内田百鬼園の弟子筋に当る平山三郎が、自らの著作「実説阿呆列車先生」(阿呆列
車先生とは百鬼園のこと也)という原稿を、百鬼園先生に恐る恐る一読を願い出ると
「平山君、“実説”なんてもう古いね。“実歴”のほうがいいね」
と、云ってそれを返してくれたそうだ。
昨日の演奏会のプログラムが全て終わり、楽屋へ戻ろうと舞台の端を歩いていた
ら我等が大師匠、そう、やくぺん先生がカメラを構えて最前列に坐られているでは
ありませんか。尽かさず、シャッターを切っておられる先生に
「あ、先生。お出で下さったのですか。お忙しい最中、有り難う御座いました」
「はい、とーっても忙しいのですが遣って来ました」
「それはそれは、万々恐れ入ります。で、先生、演奏はどうでしたでしょうか」
「鞍馬沙汰君、それを私に聞くのですか(笑)」
「そりゃ、そうだ(笑)」
「うーん、兎に角、『マイスタージンガー』はとってもポリフォニックな演奏でした
よ(爆笑)」
* * *
朝六時。生まれたばかりのお日様の光が、少し照れくさい気もする程、きらきら
と輝き、枕元を賑々しくしている。多少、寝が足りない目を擦りながら、風呂に入り、
髪を梳かし、歯を磨き、晴れの衣装を身に纏い、颯爽と本日の会場、杉並公会堂
に向かったのでした。
がたごとと電車に揺られ、途中の駅で某先輩と合流。
「おはよう御座います」
「おはよう。なんだお前、その格好で来たのか」
「はい、だって向こうで着替えるなんて面倒ですし、荷物が増えるだけじゃないです
か」
「まぁ、そうだな。然し、目立つな、お前……(笑)」
その出で立ちを見てやれば、本式のタキシードの中にはシルクの襟付きベスト、
それに黒蝶タイを結び、首には純白のマフラー……まるでマフィアがパーティー
にでも出かけそうな格好である。まぁ、目立つわな(笑)。
本日の開場、杉並公会堂はJRの荻窪駅から、徒歩5分のところにある。昨年の六
月に改装したばかりで、中に入ると未だに真新しい匂いがする。主催者控え室に荷
物を置き、開演までに必用な作業を開始。一方は舞台の設営をして、一方は楽器を
運び込み……。
アンバサタのお役目は、賛助(エキストラ奏者のこと、基本的に楽器が巧く、演奏
会の場数を踏んできた人、と定義されている。笑)、或いは先生方への御弁当の準
備とその配布、また、演奏会後の祝賀会(打ち上げのことね)での司会とその差配
である。
アンバサタさん、おはよう御座います、と助手の後輩Sが早速声を掛けて来た。今
日はよろしく。じゃ、出掛けようか。
荻窪駅前、某上方鮨の店に注文しておいた寿司弁当を受け取りに。その段取りが
手間取って、ひーひー云いながら走ってホールに帰って見れば、既にステージ・リ
ハーサルが始まっている。息つく暇も無く、楽器を出して自分のプルト(弦楽器は二
人一組で一つの譜面台を覗き込むので、その単位を“プルト”という)に坐る。
ベルリオ-ズの『幻想交響曲』のリハが終り、次にブルッフのバイオリン協奏曲。
どうも独奏の木全先生の調子がいまいちである。如何したのかな?と思いつつ伴奏
を続けるも、それを支えるべきオケもどういうわけかきっちり合わない。やばい!と思
ったところは数知れず。このまま本番に突入してしまっていいのか?と心底不安にな
ったが、指揮の安部先生は、一回全曲を通しただけ。本当に大丈夫なのかな?
ワーグナーのステ・リハも何とか終り、連絡事項を確認し、さて本日のカメラマン、
月島の若旦那が全体の記念撮影に入る。
「では、記念撮影をします。みなさん出来るだけ中心に寄ってください。あ、その白い
服の人、顔が見えません。はいOK!じゃ、撮ります、はいチーズ!」
あれ、若旦那、カメラマンの経験ない、なんて云ってたけど、どうしてどうして。なかな
か堂に入った手筈でシャッターを切っているじゃないですか。
さっきまでのVn奏者は、一瞬にして御弁当ケータリング係に変貌。エキストラの皆
さんへの配布は助手に任せ、アンバサタは先生方の楽屋へ御弁当を届ける。
「安部先生(本日の指揮者也)、御弁当をお持ちしました」
「ありがとう」
「流石にお疲れになったでしょう」
「まあね」
「何だか、ブルッフが危なっかしい様に感じましたけど……」
「……」
「大丈夫でしょうか」
「まぁ、後は運を天に任せましょう」
「はぁ……」
先生方やエキストラの方々へ弁当を配り終えても、何故か3つ程残っている。おか
しいねS君。そうですね、誰か食べていないのは確かなのですが。そうこうして主従が
頭を悩ましていると
「済みません、まだ弁当ありますか。あんまり緊張して、弁当のことすっかり忘れてま
した」
百戦錬磨の兵といえども、やはり緊張するらしい。
そうこうしている内に、開場の二十分前となった。受付からの情報によれば、すで
にお客さんがロビーに並んでいるとか。有り難い話だが、急がしすぎて、まだこっち
は昼御飯にも有りついていない。そういや、朝も抜いてきたんだっけ。なにがなんで
も食べなければ。火事場で飯を食っている様なけたたましさの中で無理矢理に食事
を済ます。
「S君、あと開場まで何分だい」
「いえ、もう開場時間となりました」
「まじかい。そりゃ大変だ。私に5分呉れないか」
「ええ、構いませんが、どうしたんですか」
「どうしても演奏前に一服したい。頼むよ」
「……。早くお戻りを」
最近のホールは喫煙所なるものが建物内には備わっていない。煙草とライターを
引っつかみ、一路、楽屋口の外へ。息が上がっているところに無理に煙を吸ったも
んだから、頭がくらくらした。
「本日は帝京大学交響楽団創立15周年記念演奏会に御来場頂き誠にありがとう御
座います……」
煙を吸ったのか、吐いたのかよく解らないままに楽屋へ戻って見ると、既に、ホール
内にはお客さんが入場し、蔭アナウンスまでされているではあーりませんか!
頭はくらくら、足はがくがく、背中は汗だく。
こんな状況で、演奏ができるのか!?
続きは明日。さて、アンバサタの運命やいかに!!
内田百鬼園の弟子筋に当る平山三郎が、自らの著作「実説阿呆列車先生」(阿呆列
車先生とは百鬼園のこと也)という原稿を、百鬼園先生に恐る恐る一読を願い出ると
「平山君、“実説”なんてもう古いね。“実歴”のほうがいいね」
と、云ってそれを返してくれたそうだ。
昨日の演奏会のプログラムが全て終わり、楽屋へ戻ろうと舞台の端を歩いていた
ら我等が大師匠、そう、やくぺん先生がカメラを構えて最前列に坐られているでは
ありませんか。尽かさず、シャッターを切っておられる先生に
「あ、先生。お出で下さったのですか。お忙しい最中、有り難う御座いました」
「はい、とーっても忙しいのですが遣って来ました」
「それはそれは、万々恐れ入ります。で、先生、演奏はどうでしたでしょうか」
「鞍馬沙汰君、それを私に聞くのですか(笑)」
「そりゃ、そうだ(笑)」
「うーん、兎に角、『マイスタージンガー』はとってもポリフォニックな演奏でした
よ(爆笑)」
* * *
朝六時。生まれたばかりのお日様の光が、少し照れくさい気もする程、きらきら
と輝き、枕元を賑々しくしている。多少、寝が足りない目を擦りながら、風呂に入り、
髪を梳かし、歯を磨き、晴れの衣装を身に纏い、颯爽と本日の会場、杉並公会堂
に向かったのでした。
がたごとと電車に揺られ、途中の駅で某先輩と合流。
「おはよう御座います」
「おはよう。なんだお前、その格好で来たのか」
「はい、だって向こうで着替えるなんて面倒ですし、荷物が増えるだけじゃないです
か」
「まぁ、そうだな。然し、目立つな、お前……(笑)」
その出で立ちを見てやれば、本式のタキシードの中にはシルクの襟付きベスト、
それに黒蝶タイを結び、首には純白のマフラー……まるでマフィアがパーティー
にでも出かけそうな格好である。まぁ、目立つわな(笑)。
本日の開場、杉並公会堂はJRの荻窪駅から、徒歩5分のところにある。昨年の六
月に改装したばかりで、中に入ると未だに真新しい匂いがする。主催者控え室に荷
物を置き、開演までに必用な作業を開始。一方は舞台の設営をして、一方は楽器を
運び込み……。
アンバサタのお役目は、賛助(エキストラ奏者のこと、基本的に楽器が巧く、演奏
会の場数を踏んできた人、と定義されている。笑)、或いは先生方への御弁当の準
備とその配布、また、演奏会後の祝賀会(打ち上げのことね)での司会とその差配
である。
アンバサタさん、おはよう御座います、と助手の後輩Sが早速声を掛けて来た。今
日はよろしく。じゃ、出掛けようか。
荻窪駅前、某上方鮨の店に注文しておいた寿司弁当を受け取りに。その段取りが
手間取って、ひーひー云いながら走ってホールに帰って見れば、既にステージ・リ
ハーサルが始まっている。息つく暇も無く、楽器を出して自分のプルト(弦楽器は二
人一組で一つの譜面台を覗き込むので、その単位を“プルト”という)に坐る。
ベルリオ-ズの『幻想交響曲』のリハが終り、次にブルッフのバイオリン協奏曲。
どうも独奏の木全先生の調子がいまいちである。如何したのかな?と思いつつ伴奏
を続けるも、それを支えるべきオケもどういうわけかきっちり合わない。やばい!と思
ったところは数知れず。このまま本番に突入してしまっていいのか?と心底不安にな
ったが、指揮の安部先生は、一回全曲を通しただけ。本当に大丈夫なのかな?
ワーグナーのステ・リハも何とか終り、連絡事項を確認し、さて本日のカメラマン、
月島の若旦那が全体の記念撮影に入る。
「では、記念撮影をします。みなさん出来るだけ中心に寄ってください。あ、その白い
服の人、顔が見えません。はいOK!じゃ、撮ります、はいチーズ!」
あれ、若旦那、カメラマンの経験ない、なんて云ってたけど、どうしてどうして。なかな
か堂に入った手筈でシャッターを切っているじゃないですか。
さっきまでのVn奏者は、一瞬にして御弁当ケータリング係に変貌。エキストラの皆
さんへの配布は助手に任せ、アンバサタは先生方の楽屋へ御弁当を届ける。
「安部先生(本日の指揮者也)、御弁当をお持ちしました」
「ありがとう」
「流石にお疲れになったでしょう」
「まあね」
「何だか、ブルッフが危なっかしい様に感じましたけど……」
「……」
「大丈夫でしょうか」
「まぁ、後は運を天に任せましょう」
「はぁ……」
先生方やエキストラの方々へ弁当を配り終えても、何故か3つ程残っている。おか
しいねS君。そうですね、誰か食べていないのは確かなのですが。そうこうして主従が
頭を悩ましていると
「済みません、まだ弁当ありますか。あんまり緊張して、弁当のことすっかり忘れてま
した」
百戦錬磨の兵といえども、やはり緊張するらしい。
そうこうしている内に、開場の二十分前となった。受付からの情報によれば、すで
にお客さんがロビーに並んでいるとか。有り難い話だが、急がしすぎて、まだこっち
は昼御飯にも有りついていない。そういや、朝も抜いてきたんだっけ。なにがなんで
も食べなければ。火事場で飯を食っている様なけたたましさの中で無理矢理に食事
を済ます。
「S君、あと開場まで何分だい」
「いえ、もう開場時間となりました」
「まじかい。そりゃ大変だ。私に5分呉れないか」
「ええ、構いませんが、どうしたんですか」
「どうしても演奏前に一服したい。頼むよ」
「……。早くお戻りを」
最近のホールは喫煙所なるものが建物内には備わっていない。煙草とライターを
引っつかみ、一路、楽屋口の外へ。息が上がっているところに無理に煙を吸ったも
んだから、頭がくらくらした。
「本日は帝京大学交響楽団創立15周年記念演奏会に御来場頂き誠にありがとう御
座います……」
煙を吸ったのか、吐いたのかよく解らないままに楽屋へ戻って見ると、既に、ホール
内にはお客さんが入場し、蔭アナウンスまでされているではあーりませんか!
頭はくらくら、足はがくがく、背中は汗だく。
こんな状況で、演奏ができるのか!?
続きは明日。さて、アンバサタの運命やいかに!!
by yufuin-brothers | 2007-05-03 03:28 | 演奏会ア・ラ・カルト